ホテル

 

 僕達の東京での宿泊は赤坂プリンスホテルがほとんどである。結婚後は麻布のマンション生活であったが、子供が生まれてからは本拠を名古屋へ移したので、もうかれこれ20年くらい前からの常連客である。通称赤プリ、近頃は何か自分の家にいる様な安心感が増してきている。それはただ単に便利さだけではなく、うまく説明出来ないのだが…、自分の感性の中の空間とか距離感がマッチするのかもしれない。亡くなった映画解説の淀川長冶さんはずっとホテル暮らしであったと聞く。「住めば都」なのだろうか?人によっては無味乾燥とか温かさが感じられないと嫌う人もいるようだが、旅が仕事の一部の僕にはうまく付き合っていかなければならない大切な場所である。又、その日の疲れを癒してくれる様に自分自身が上手く利用する事も必要な気がする。テレビドラマの「ホテル」ではないが従業員の皆さんとのお付き合いも楽しみのひとつである。ベルボーイとして出会った青年が何年か後にフロントにいたり、グレードが上がったり、同系列のホテルで再会したりで人間模様を垣間見る事も出来る。このホテル、やはり東京と言う大都会の為か色々な職業の方々を見かける事が多い。交通の便もよく打ち合わせなどにも利用しやすいのが理由であろう。そして観光客やビジネスマンの宿泊客はもとより、国内外の有名人や著名人などを見かける事が多いのも事実である。そんな中でひときは目立つ集団に出くわす事がある。それはスポーツ選手だ。なにしろ体がデカイ!以前にアメリカのバスケット選手や野球選手などを見かけた時など近寄るのも恐いぐらいだった記憶がある。


 さて、今日は明日の武蔵野市で開催される東京国際スリーデイーマーチのアトラクション出演の為の移動日で少し遅めのチェックイン。そのせいかロビーはいつもより閑散としていた。例によってフロント係の方が笑顔で迎えてくれて部屋の鍵を渡してくれた。部屋に入る前に夕食をと思いそのまま地下のレストランへと向かった。これまたスタッフ顔馴染みで美味しい食事を提供して頂いた。僕達2人だけの時の会話の中心はやはり子供達の事が多い。仕事の内容に関してはほとんど出てこないのだが、ご一緒した人達に関しては時々話題になる。先日お会いした佐川満男さんや中村泰二さん、荒木とよひさ
さん、との打ち上げの食事会での出来事などをいつも持ち歩いているデジカメの写真で思い出しながら僕達の会話はすすんでいた。いつもの様にウイスキーを少々?いや、いっぱい飲んで食事を済ませ、部屋に戻る為にエレベーターに乗りこんだ。エレベーターは1階では止まらずに3階でドアが開いた。と同時にユニフォーム姿の10数人の集団が一斉に僕達二人を見ていた。余りにも突然の雰囲気に僕達は一瞬、驚きを隠せなかった。平静を保ちながら回りを見渡すとそれは我らが地元の中日ドラゴンズの選手達であった。もちろん星野監督の姿もあった。目が合った。ほっとした気分になったのだが、監督から「しばらくだね!」と一言、その笑顔もほんの一瞬、選手達への手前か?険しさが漂っているのが感じられた。僕は、「今日は負けだな〜」、と思い、挨拶もそこそこに「おやすみなさい」。と言い、何人かの選手と共に部屋へ戻る監督を見送った。でもまだ数人の選手が残っていて、次のエレベーターが来るのを待っていた。福田コーチが声をかけてくれた。「5割いかないとね〜、苦しいですね」。の一言に今のドラゴンズの苦悩を感じる事が出来た。プロは厳しいもの。当然と言えば当然であるがスポーツの世界は想像を絶する事であろう。結局、選手全員を見送り、僕達二人だけが3階のエレベーターホールに取り残されていた。思えば昨年監督にお会いしたのもこのホテルであった。その時頂いたアノ怒り顔の付いた携帯ストラップはいまでも使っている。今日は誰がアノ顔のイケニエになるのだろうか?同情する。そんな訳で部屋へ戻る予定でいたのだがその場に降りてしまった事に妙にむなしさが残っていた。しょうがないので水と氷を買って部屋で又、飲み直すことにした。テレビをつけてニュース番組をさがしジャイアンツ戦を1点差で負けた事を確認した。今夜はヤケ酒!飲むぞ!と、ウイスキーの水割りをテーブルに置いた事までは覚えているのだが、目が醒めた時は午前4時。ソファーに横になっていた。テレビはつけっぱなしで、明かりも同様で妻はとっくに寝てしまっていた。これではいつもと変わりのない生活パターンである。赤プリ。僕にとってこの「ホテル」は居心地の良い我が家に一番近い生活スペースである事を再確認できた1日であった。

 



ウィンドウを閉じる